虚無

 時々、世界には何もないと知ってしまった時点で詰みではないかと思う時がある。

 自分が、とか、環境が、とか、そういうことではないのだ。そもそも、この世界はただの物理現象に従っただけの結果であり、それを変化させることができない以上、僕たちが考えたり、何かしたりしていることは本質的に虚無であることが逃れられないということである。その上、僕たちは必ず死んでしまうのだから。もう、何もない。何もないんです。これはもう、明らかなことだ。でも、ほとんどの人間がそう感じていないのは、そう認めていないのは、ただ、正面からそれを正しく受け止めてしまうと、人間の脳と矛盾してしまうからなんです。進化的に先鋭化された脳と、物理世界が矛盾してしまっている。人間は何も理由がないことに耐えられない。人間は何も起こらないことに耐えられない。それなのに、世界はそうなっていると、何よりもその理由を求める脳を持っているがゆえに気付けてしまう。これは、もう、まごうことなき、つみです。どうしようもない。ただ、それを受け入れ、嘆くしかない。人の機能に従って。物理法則に従って。

 そういう話を、延々としている。言っているこっちも飽きてしまうし、虚しくなってしまう。でも、それだけが事実なので、何も語らないか、空虚を語るかしか、本当のことを語ることはできない。嘘ならば、いくらでもいうことができる。だからきっと、僕も嘘を語っていくしかないのだろう。ああ、本当に悲しくて、虚しくて、やり切れないことだ。どうしようもない。虚無だけがある。何もない。何もできない。僕はただ、死ぬ。君もそうだ。逃れられない。ただ死ぬんだ。そうやって、僕の人生は終わってしまいました。おしまい。