Landing Pointとかいう欠陥デザイン

 Landing Point、期間限定の報酬がもらえるようになってから、それをクリアするためだけに何度もプレイしているのだけれど、そのたびに欠陥のあるゲームデザインと言わざるを得ない気がしてくる。まあ、もちろん、資産が十分にそろっている場合は違うのかもしれないが、どうして問題があるのか、という点を見てみたい。

 

 まず、準備の攻略としては、雑誌の撮影連打戦略を取っている。かなり安定するし、結局は安定力と集中力が一定以上あれば良いので、楽だ。とはいえ、これが安定する時点でゲームデザイン失敗しているとも言えるし、何より、毎週変えられるミッションがめちゃくちゃたるい。まあ、ランダムなミッションを発生させ、それのクリアをするというタスクを増やすことで、ゲーム性を上げたい、という意図は理解できるのだが、ランダム性を軽減するために入れ替えができるようにする、という安直な対策を使っているせいで、手間が増大していて、プレイ経験が悪化している。これは良くない。結局、ランダム性が強いことには変わりないから、手間だけ増えている。

 

 次に、本番の仕様。これが一番良くない。各ライブに閾値を取り入れていて、フィーバーと攻略の点がある。そして、3つのライブをやる中で、攻略を超えると、その時点でライブが終了するようになっている。

 第一に、いつもはライバルが並んでいるところに、メンバーが並んでいて、対戦型の構造から協力型の構造になっているのは良い。まあ、本当はもっと協力型っぽさがあれば良いのだけれど、それはまあ、高望みだろう。だから、それは良い。

 第二に、これは良くない点として挙げるのだけれど、攻略の閾値がめちゃくちゃ邪魔で、本当にデザインを失敗していると思う。なぜならば、フィーバーの閾値を超えなければいけない以上、アピール値にバフがかかっている上、準備が上手くいけばいくほど、アピールによる星が多くなることによって、結果として中途半端に第2ライブを攻略してしまい、☆が低い状態で第3ライブに突入する可能性が上がるようになっていることだ。つまり、上手くいけばいくほど、ピーキーになっていく(☆の一度の獲得量が多くなるので)という仕様なのだ。これがマジで、クソ。本当に救いようがない。

 

 FGOミニゲームとかもやっていて思うのだけれど、ゲーム会社、まともなゲームデザインができる人間がいないのか? 本当に疑問でしょうがない。別にバランス調整とか、そういうディベロップメントやデバッグのことを言っているのではなくて、根幹的なゲームデザインに対して、理解度が著しく低い。まあ、その手で有名なデジタルゲームデザイナーが、ゾーンすら知らなかった時点で、色々とお察しではあるのだけれど。どうして、そんなにゲームの構造に疎いのか。理解に苦しむ。

誰がため

 色々と億劫になってしまったため、規則正しい生活を心がけて、今週ぐらいは成功しているのだけれど、これ、メリットがないな、と思い始めた。

 どうでもよくて、束縛の多い仕事中に元気で、今ぐらいの時間には眠くなってしまう。結果として、すぐに寝てしまう。朝もそれなりに早く起きれるが、結局、時間制限のためにまとまった時間を取ることはできない。これでは駄目だ。

 これならば、夜更かしをしてでも、自分のしたいことをしていた方がいいし、仕事はめちゃくちゃになっても、別に自分に害が及ぶわけでもないのだから、どうでもいい。昼間に眠くて仕方がない、夜眠れない、という方が個人的な利益だけを考えればプラスになっている。まあ、あまりにもひどいと、眠れないのに脳が死んでて何もできず、不眠のまま横たわることしかできなくなるので、加減はいるが。

 というか、何で僕が加減しなくちゃいけないんだ。イライラしてきたな。馬鹿みたいに一日この時間分だけ働くみたいな意味不明な設定にしているのが悪いんだ。どうして、こんな近代みたいな仕組みを引きずっているのだろうね。僕には理解できないよ。だから、僕にできることは、その制度を十分に悪用してやるだけだ。お前らが勤務時間だけを見て給料を渡すというのなら、僕だって勤務時間しか守らない。それがフェアって奴だろう。

スポーツの曖昧さが嫌い

 オリンピックに対して、別に何とも思っていないのだけれど、いつも以上に良い結果を見るとそわそわしてしまう。で、どうしてかと考えたのだけれど、これ、スポーツがフェアじゃないと思っていて、それが出ている気がしているからなんですよね。

 たとえば、単純に審判は本当にフェアに判定しているの? とか思ってしまう。日本でやっているから、いつもより日本人が多いんじゃないの? そういう環境で、微妙だけれど、ギリギリ相手の方に分がある、という条件でちゃんとフェアに判断できますかね? 前例を見ていると、あまり信用できない。そうでなくても、単純にホームで、しかも、このコロナ禍でめちゃくちゃ有利なんだから、その金メダルは本当に金の価値があるの? と思う。

 そういうところがめちゃくちゃ嫌いなんですよね。勝敗というきっちりしたものを決めるのに、あやふやさを持ち込んでいるのが気持ち悪い。その点、ゲームはコンピュータが判断してくれるから良い。最高だ。

 だから、勝っていたとしても、圧勝で、曖昧さが全くない、という結果でないと、懐疑的な視線がいつも紛れ込んでしまう。乱数や環境の差で、勝敗が決したのではないか、そう思ってしまう。

 思えば、こういった感覚は僕の結構根本に座しているらしく、環境がフェアに出来ないと感じたならば、自分が不利な立場でゲームなどもやることが多い。そういった状況で勝てて、ようやく、本当に勝てたと思うからだ。どうにも幼少期から公平さというものを重視している嫌いがある。

4連休、一瞬で終わった

 ものがあることにイラついてきた。片づけても片づけても何も終わっていなくて、このコスト、どこに吸収されているの? 他にやることあるんだれけど……みたいな気持ちになってしまう。色々とあって、一時期、物理本に回帰しそうになったのだけれど、今は電子書籍に移っている。物理で買っていた本もだんだん連載終了しているので、そのうち、全部電子書籍になるかな? めちゃくちゃ長期連載しそうな漫画が結構あるのが気にはなるけれど……

 イラっと来るのが、1巻だけ置いてある漫画なんですよね。つまり、1巻読んでもういいや、となった奴。メルカリとかでわざわざ売りに出すのも面倒という感じで。まあ、段ボールでまとめて送り付ければいいんだけれど。いやぁ、実に面倒くさい。

 (厳密に言うと、やる気が維持できる)時間、本当に足りない。ゲームとか、映画とか、時間制限が付いているモノをやるのが精一杯という感じで、やりたい~ぐらいのことが無限に溜まっていく。やっぱり、現代人の生活、色々とバランスがおかしくないですか? 可分時間がインターネット前から変わってないの、おかしくないですか? 時間を消費する対象、無限に増えてません? カレラン提督~早く来て~人類を労働から解放してくれ~

熱伝導率

 気分が持続しない。気分屋だ。怒りも嘆きも喜びも持続しないようだということが最近、良くわかった。何か嫌なことがあったとしても、楽しいことを思い浮かべるとすぐに上書きされてしまう。そうならないように、と意識して維持しようとするぐらいだ。

 それなら、そもそも気分がそんなに上下しないのなら楽だったと思うが、むしろ、上下はしやすい。ただ、その維持が続かないというだけで。何か苛立たしいことが起こったとしても、面白いことがあれば、そちらに気持ちが奪われてしまう。でも、アンガーマネジメントで5秒だけ待てみたいな話もあるし、従来、人間の機能はそういう感じだと思うのだけれどな。僕の脳はかなり原始的なのかもしれない。

 僕が何かに執着しているキャラクターが好きなのは、この辺に起因しているのかもしれない。隣の芝は青い。

「ルックバック」の……

 正直、このレベルのものが出てくると思わなかったから、かなり軽い気持ちで読み始めて……いや、このレベルのものが出てくると思わないでしょ……

 たぶん、個人的歴代漫画のトップクラスに位置すると思うし、なんなら、首からぶら下げる3つのうちの1つだ。これで3つ全部が読切漫画になったな! よし!

 藤本タツキ、皆が言っているように、やっぱり、尖っていたんですよね。「ファイアパンチ」とか、そういう時点では。2巻とかは本当に好きなんだけれど、やはり、逸脱がみられると思うし、それが最終巻をあんな姿に導いてしまった。「チェンソーマン」ではその逸脱がなくて、そりゃ、人気になりますわ、という感じだったのだけれど……「ルックバック」はさらにその先に行ってしまわれた。

 正直、感想を書くのも無粋という領域なので、とにかく読んでもらえれば、その完成度の高さ、完全とは何か、ということがわかると思った。

 だが、それゆえに、これぐらいの読切を書き続ける漫画家になってくれないか? という気持ちが少しだけある。藤本タツキは連載も面白いが、読切だけに向いた漫画家も多くいて、そういう人たちの居場所をつくるためにも、藤本タツキ先生に頑張って欲しいんだよな……え、駄目? まあ、仕方ないよな。こんなの読まされたら、「チェンソーマン」12巻が読みたくて、出版されて欲しくて仕方なくなってしまうから。

続けられるソシャゲの共通点

 メインで続けていられるソシャゲ、今のところ、メギドとシャニマスだけなんですが、両者とも、カロリーの消費のさせ方が似てるなーと思った。

 両者ともシナリオのレベルが高くて(メギドはシステムも)、初見はカロリーをがっつり持って行かれるんですよね。時間が空いていて、精神的に余裕がある時にプレイする感じ。それで、良いものを見た……と満足したり、ゲーム的な充足感が味わえる。

 一方で、毎日やることはほとんどなくて、適当にスタミナとかを消費したり、ショップで買い物したりするだけでいい。どんなに忙しくてもできるし、最悪、忘れてしまっても問題がない。どちらもイベントも、シナリオを見るだけなら、ほとんどゲーム的なコストがかからなくて、シナリオを読む時間さえ確保できればいい、という感じだ。最悪、最終的に常設されるのも似ている。

 つまり、僕はこういうソシャゲしか続けられないようだ。一過性でがっとやったりするのはできるかもしれない、というかしたりもするのだけれど、通年で毎日プレイするようなゲームは、この形態だけ許容できる。

 シナリオのクオリティが低いゲームは、そもそも、やっている意味がなくなってしまって、次第にやらなくなってしまうし、イベントや日々の求めるコストが高いゲームは、それに嫌気がさしてしまって、次第にやらなくなってしまう。緩急のしっかりついたゲームだけが、続けられる。

 これ、別に僕だけではないと思うのだけれど、こういうタイプのゲーム、最近増えてきたけれど、それほど多くなくて、まだスキップなくてオートだったり、イベントのために周回したりするから、皆はよく付いていけてるなーと思う。それとも、僕は単純に、ソシャゲのような類のゲームに向いていない、というだけなのかもしれないが。(きっとそう)