歪みの世界

 見えているものは、感じているものは、この世界のものではない。現実ではないのだ。僕たちは自然とこの世界を見たまま、感じたままのものだと感じているけれど、これは、感覚器官から得られる数多の情報から脳内で再現しただけのものだ。色というものや、手触りというもの、形でさえも頭の中で再現されたもの、ある意味で仮想現実だ。

 それを考えると、たまに視界が歪むような感覚に陥ることがある。何も信用できないというか、僕たちはこの世界の正しい形ですら、ちゃんと把握することができないのだ。だから、機器を用いて測定を行い、客観的な数値として、あらゆることを解析していく。その数値で構成された概念的な世界だけが、唯一、正しい世界を見るための道具となるから。まあ、測定機器の誤差や測定手法による歪みもあるのだけれどね。

 真値というものが本当は測ることができないと知った時は、子供ながらに驚いた記憶がある。考えてみれば当たり前なのだが、精度というのは求めれば延々と続くわけで、本当の値を知ることはついぞないのだ。

 この世界は知覚できないことばかりで、歪んでいる情報ばかりを得てしまう。僕はそこにある種の諦観を覚えてしまう。なにもできることはない。そんな気持ちになる。