多×短時間VS一×長時間

 まとまった時間が必要なタイプの娯楽の方が割と消化できる。逆に、定期的に時間を割く必要があるコンテンツが積みやすい。

 むらっ気のある人間なのだろう。やる気になれば、一気に消化できるものと、一定期間はやる気を保たなければいけないものの差が出てしまう。妻の弟はあまり映画を観ず、アニメは観る。その理由は僕たちとは逆で、一度に20分ぐらいである方が観やすく、映画は2時間の自由時間を確保しなければ観られないから観ないと言っていた。つまり、どちらかが良いというよりは、相性というか、性格によるものだと思う。

 ゲームに関してもそうで、小さい頃はRPGぐらいしかプレイするジャンルがなかったのもあり、ずっとプレイできていたのだが、時間が経つにつれ、ずっとプレイしなければ行けないゲームである、RPGやアドベンチャーゲームがなかなか終わらない現象に陥っている。むしろ、「Civilization」のように数時間で1プレイが終わるゲームの方が何度もプレイ出来ると気付いた。

 その理由の一つに、0から始めるのが好きという僕の特性がある。何というか、0から1を築き上げていく瞬間が一番好きで、次第にどうでもよくなりがちだ。それは構成要素がだんだんと埋まっていくから、自由度が低くなるからなのだろう。8までいってしまえば、9、10と進む流れがだいたい把握できてしまう。それを理解した後の、惰性となった作業を続ける気にはならないというわけだ。だから、Civでも勝ちを確信したら、すぐに新しいゲームを始めてしまい、そのゲームはほったらかしにしてしまうことが多い。

 完了自体にも、あまり意味を見出していないのだろうな。終わらせるということに価値があると理解しているのに、それができないままだ。だから、未完成の屍が積み上がり、何も生み出せていないというのに。