物語は麻薬

 好きな作品は何度観ても泣けてくる。とても素晴らしいと思うのと同時に、この世界の何もなさにも泣けてくる。何しろ、この世界には本質がない。濁りきった、不十分なイデアの投影だけが存在する。それに虚しくなる。

 思うに、物語は麻薬だ。それは純粋なイデアであるがゆえに、現実の出来事では到底なし得ない物語的な快楽をもたらす。現実にそんなものはないのに。次第に、脳はそれになれてしまったせいで、現実が色あせてしまっているのではないかと思う時がある。これはニワトリが先か、卵が先か、と言った話になるのかもしれないが。日常を恐怖するから物語に没入するのか、物語に没入するから日常を忌避するのか……

 どうしても、人間は刺激を求めた上に慣れ、その先をまた求めるものだ。延々とより良い作品を求め、僕たちも物語を摂取していくしかないのだろう。その先が不健康な未来だと知っていても、足を止めたところで電車に飛び込むか、屋上から飛び降りることになるのだから。