頭ではわかっているのに

 頭ではわかっているのに、体が追いつかないという状態が嫌いなようだ。僕が音ゲーや格ゲーが苦手かつあまりやろうとしない理由もそこにあって。つまり、理解という段階に重きを置いて、実行という段階に重きを置いていないんだよね。TCGやRPG、ボードゲームなんかは、思考とその実践という感じで、つまりは実験のような思想がそこにある。こうしたら、こうなるはず。そんな仮定を試すためにゲームをやっている。しかし、FPSや格ゲーなんかは、もちろん、理論上のやり取りもあるのだけれど、実際にそれができるか、それだけの操作ができるか、というところが問題になる。その過程が修行のように思えてしまって、つまらなくなってしまうのだ。

 これは僕がするあらゆることに適応されているようで、理解してしまった瞬間に、作業になった瞬間に興味が持てなくなってしまう。それはどうにも、よくないことだなぁ……

 逆に、エンターテイメントにはその試行錯誤があると思うんだよね。人間は何を面白く感じるのかってことは、研究が進んではいるけれど、正答がまだわかっていない。ほんのちょっとの違いだけで、全然面白くなくなるし、すごい面白くもある。そんな未知性もまた、僕を引きつける理由の一つなのだと思う。だから、僕は作者が難解風に作って、受け手が解釈をし始めるような作品が嫌いで、批評というよりは感想を欲しがるのだと思う。受け手の解釈を必要とする未完成品なんて、作者の自慰でしかない。その、面白いというイデアに、エンターテイメントの正解に近い作品だけに僕は価値を感じている。それは原理を解明するための、一つの実験だから。