意志の齟齬

 意志の疎通が上手くいっていない場面が苦手だ。僕自身の意見が通るかどうかはそこまで重視していないように感じるが、AとBの言っていることがお互いにわかっていない、というような状況が何故か苦手であり、その両者の言っていることを翻訳したくなってしまう。

 ゲームのレビュー動画のコメントなどを観ていると、ゲームデザインに関する知識がないゆえに、両者の言っていることが噛み合っていないことがある。たとえば、片方は硬派なゲームプレイを望んでいて、片方はゲームが壊れるほどの自由度を望んでいて、別の人はロールプレイを望んでいる。それぞれ求めているものが異なるのだ。ゲームというのは、様々な欲求を持つプレイヤーが多く、それぞれに適した要素を入れているのだが、しかし、衝突する場面もある。そういう基本的な知識があれば、その衝突は発生しないわけなので、むず痒くなってしまう。

 そう考えると、知識不足ゆえの何かを嫌がっているのだろうか。最近、何かを説明するのが億劫になっているのも、実はここに起因していて、要は、あるトピックについて説明するにしても、その背景となっている体系の説明や、そこに至るまでの過程をもってして、ようやく一つの考えとなるのであって、何かを端的に説明したとしても、それは端的な説明で、全てを伝えることはできず、必ず誤解が生じる。その誤解を許容できていない。ならば、何も伝えない方がマシだ、と思っている節があるのかもしれない。