直喩ってレベルじゃねえぞ
妻と一緒になろう小説がなんで、いたたたたってなるのか、ということを話していて、結論が出たのだけれど、比喩が直接的すぎるんだよね。メタ要素との連結が直接過ぎて、願望がそのままで痛くなってしまうということだ。
たとえば、パーティ追放ものというのがあるらしいが、これは現実世界との対比が分かりやすすぎる。勇者パーティは、現実世界の学生グループや会社だろうし、そこで苦労しているのに評価されないのは読者の心象と対応している。役に立たないように見えるが大事なスキルを持っている、というのもそのままだ。なんの捻りもない。
これがサイヤ人だったり、死神だったり、悪魔の実を食べたゴム人間だったりすると、現実世界に落とし込むことができない。だから、作中の世界でどう扱われていようとも、それが読者の願望をそのまま表したものだとは思わないわけだ。
よく、主人公の性格が問題なんだ、と言われることもあるが、そうではないと思う。本当に実直な性格だとしても、なろう小説の中では、現実世界との対応を加味されてしまい、皮肉な性格ということになってしまうだろう。俺、なんかやっちゃいました?
ここを上手く隠しつつ、快感を刺激するというのは、ストーリーテラーの腕の見せ所だったのだろうけれど、それを察しきることができなかったり、作品があまりにも大量に存在する場合には、タイトルからもわかってしまうほど直球であるということが求められる、ということなのだろう。さっき言ってた俺の考察がおかしいって……浅すぎって意味だよな?(これは本当にそう)