信者の妄言

 まず、瀬戸口作品に関して言いたいことがあるのだが、最も大きな部分は、彼の作品は物語というより、文学というか、芸術というか、ドキュメンタリーというか、そういうものである。少なくとも、僕の感想としては。だから、エンターテイメントと捉えると、明らかにおかしい。あんな作品のストーリーラインは、成立しないのである。エンターテイメント作品というのは、大衆に向けた作品であり、娯楽作品であって、大衆の感想が一致するものである。彼の作品はそうはならない。そうはならないんだよ。本当に、こんなに評価されているのは、何かの間違いだと思いたいぐらいだ。でも、そうではなくて。どうして、彼が(少なくとも)エロゲ界の伝説的ライターであったかというと、彼がテーマにしているものが、人類に共通するものだったからだと思っている。彼が語るものに耳を傾ける者だけが、それを素晴らしいものだと思う。そして、その語るものが、偶然、多くの人に共感されるものだったのだ。しかし、それは偶然ではなくて。人生における根幹的なことをテーマにしているから、それに目を向けている人は必ずそれに食いついてしまうのだ。

 僕は瀬戸口節だと感じるのは、外観的なところで言えば、画面いっぱいまで溢れるような一人語りやら、独特の語り方。内容的には唐突とも取れる展開の切り替わり、自家中毒的に沈んでいく主人公、落ちるところまで落ちたところで、感じられる素晴らしき世界の片鱗、らへんだろうか。テーマ的には、やはり、死なのではないかと思う。これは別に片岡とも麻枝准といったライターとは異なり、どうしようもなく、避けられない人間の死に対するものを描いているように思える。東京タワーから落ちていることを、言ってしまうような、ね。その概念的なもの、人が届くはずもないようなものを追い求めて、結果として沈んでいってしまうようなシチュエーションは多いように感じる。だから、「MUSICUS!」でも、澄ルートが好きなのかも知れぬ。