今日は寒いですね、明日は雨らしいですよ

 世間話が苦手だ。情報量が皆無なのに、なぜか会話を続けたがる人がよくするもの。もちろん、僕だって会話の全てが情報のやり取りとは思っておらず、好感度を上げるために単純接触数を増やすという試みは理解出来る。でも、そんなに好感度上げたい、上げなくちゃいけない相手っていますかね? 何かしらの社会で、それがなければ成立しないというならば、それは社会の仕組みに不備があることの証左に他ならない。もし、好感度の有無が作業の支障になるというのなら、好感度によって、作業や評価が影響を受けるということだ。一所懸命に努力しようが、理論的に正しいことを言おうが、それは好感度の前に負けてしまうということで。なら、世間話をする前に、やるべきことは、その社会からの脱出ではないだろうか。

 自分で好ましいと思っている相手を前にすれば、それなりの話題があるはずだ。世間話というのは、相手にも、会話の内容にも、この時間にも、興味がないから発生するもので。そんな益体のない時間を長引かせるだけのものとしか思えないんだよね。まあ、こんなことを言っているから、社会に迎合できていないというのは百も承知だけれど。