記憶力に関して

 僕は記憶力がかなり弱くて、特に人間関係の記憶は壊滅的だ。これには、いくつか証明するエピソードがある。

 たとえば、高校一年生の頃、夏休みが明けて、教室に入った時だ。クラスに入った時から、違和感があった。しばらく、自分の席だと思われる椅子に座っていて、周囲を観察していた。すると、次第に違和感が増していく。どうにも、周りの人々の顔に見覚えがないのだ。もちろん、クラス全員の顔と名前を覚えているような人間ではないが、それにしても見覚えがなさ過ぎる。そして、その時に気付いた。ここは隣のクラスであると。だから、一人も見覚えのある人間がいなかったのだ。僕は慌ててクラスから出て、教室の表記を確認した。ただ、そこでまたおかしいことに気付く。どう考えても僕のクラスなのだ。これはどうしたことだ? 不思議に思ってクラスの中を見つつ、ということをしていたら、クラスメートが登校してきて、不審な動きをしている僕に話しかけてきた。そこで、ようやく、そこが本当に自分のクラスだったということがわかった。ただ、それがわかっていても、クラスの人間のほとんどに見覚えがないままだった。一ヶ月強という時間は、人の顔を忘却させるのに十分な時間だった。

 たとえば、僕が社会人で実家にいた時。家族四人で食卓を囲み、夕食を取っている時に、僕はふと思った。なんだかんだで、男一人、女一人の四人家族でまさに一般家庭みたいな場所だな、ここは、と。しかし、その後で気付いたのだ。僕には弟がいた。今は大学に通いながら一人暮らしをしているから、ここにいないだけで。でも、それを完全に忘れていたのだ。

 強烈なのはこれぐらいで、他にも色々とあるのだけれど、どうやら、本当に人の顔や関係性を覚えるのが苦手らしい。だから、誰かと久しぶり、といっても一ヶ月ぶりに会う時は緊張してしまう。自分がその人を見分けられる自信がないからだ。だから、相手から話しかけられると、ほっとする。どうにも興味がないのがいけないのか。どうやったら、人のことを覚えられるのだろう。