タイムトラベル系の話

 最近流行ってるな、と思う物語の形がある。それが、過去が変わらないタイムトラベルだ。過去に干渉はするのだけれど、その結果が繁栄されるのは、今からの未来だけで、過去に起こったことは変わりはしないというものだ。

 そうなる理由は色々と設定されるのだけれど、当たり前のように実際には物語上の制約から生まれているもののように思える。どういうことかというと、タイムトラベルの万能性を制限するためにそうなっていると思うのだ。実は、この設定を見かけたのは、長編シリーズの途中の話であることが多く、それは偶然でないと思っている。この時間を操作するギミックというのは、面白い話がいっぱい書けるから、大昔から重宝されてきた。しかし、ある程度、シリーズが続いていて、過去でいろいろな問題を解決したり、犠牲が出ている場合、途中で持ち込みにくい設定でもあった。なぜならば、過去の問題ももっと良い形で解決できてしまうからだ。こうなると、今まで積み上げて来たものが無駄になってしまう。

 今までは、時間遡行における制限だとか、手段そのものの制限とかで上手く工夫してきたように思える。時間遡行そのものはかなり強力過ぎる手段である一方、物語的には変えられてもいい項目と変えて欲しくない項目がある。ゆえに、時間ものは設定に工夫をすることで、それをクリアしてきた。「シュタインズ・ゲート」や「夏への扉」などは時間操作の手段を複数個用意し、それぞれに特徴を持たせることで、それを回避していた。「ハリー・ポッター アズカバンの囚人」などは時間遡行にルールを設けたり、すでに起きたことと整合性のあることしか起こらない(つまり、実は未来からの改変はすでに行われており、過去は変わらない)ことによって、それを回避していた。

 しかし、最新のトレンドはこうだ。過去に起こったことはすでに起こっているのだから、時間遡行をしたとしても変えることはできない。時間遡行で向かった過去は自分たちにとっての未来なのだから。この説明はある作品とある作品で見たため、流行っているのだと思う。

 これはある意味都合の良い設定で、実際につじつまが合っていないように思える描写があったりもするのだけれど、過去をもっと上手く変えられるはずという懸念を生むよりはよほど良いだろう。それに、僕の考えとしては、もっと時間遡行といったギミックは気軽に使われるべきであり、それが流行ってきているのではないかと思っている。現代人はストーリーに慣れている。陳腐だが強力なネタは一つのギミックとして、使う時代が来ている。それを主題にしなくても良い。そんな傾向に思える。